大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9812号 判決

原告 谷口インキ製造株式会社

右代表者代表取締役 谷口良雄

右訴訟代理人弁護士 石井成一

同 小沢優一

同 小田木毅

同 阿部正史

同 水谷直樹

同 加藤美智子

被告 岡沢成郎

右訴訟代理人弁護士 中根寿雄

主文

一  被告は原告に対し、金四六一万四七五五円及びこれに対する昭和五四年一〇月一七日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四九二万三〇〇〇円及び昭和五四年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、印刷用インキ、印刷用諸材料、印刷機械等の製造及び販売を主な目的とする株式会社であり、被告は、昭和五三年七月に設立され、各種印刷並びに製本特殊折業を主な目的とする訴外株式会社ニットーオフセット(以下「訴外会社」という。)の代表取締役である。

2  原告は、訴外会社に対し、昭和五三年一〇月一日から同年一二月二五日までの間に売り渡した印刷用インキ、印刷用諸材料などの売買代金の支払のため、訴外会社より別紙手形目録(一)ないし(三)記載の各約束手形の交付を受け、現にこれを所持している。

3  原告は訴外会社に対し、昭和五三年一二月二六日から同五四年三月一日までの間に売買代金合計金一六六万四七五〇円相当の印刷用インキ、印刷用諸材料等を売り渡した。

《以下、事実省略》

理由

一  請求原因第1ないし第3項は当事者間に争いがない。

二  そこで被告に代表取締役としての職務懈怠が存したか否かにつき検討する。

《証拠省略》を総合すれば、久保は昭和五二年頃製本業をしていたが、取引先の訴外水沢紙業株式会社(以下「水沢紙業」という。)の経営が苦しかったため、久保が水沢紙業の役員となって経営の立直しをはかろうと考え、水沢紙業が印刷業を始めることにし、同年一二月頃、訴外小峰製作所から印刷機を約一億二〇〇〇万円で購入し、右機械の代金は水沢紙業振出の約束手形で支払うこととし、同機械の支払につき被告は久保の依頼によって連帯保証人になったこと、水沢紙業は昭和五三年四月頃倒産し、久保は水沢の機械工場をそのまま引き継ぎ、昭和五三年七月、訴外会社を設立し、久保は一、二年前に不渡を出して銀行取引ができなかったため、被告に訴外会社の代表取締役に就任してもらい、被告が訴外会社の資本金全額の一〇〇万円を出資したこと、訴外会社における職務分担について、被告が訴外会社の代表者印及び売上金を保管し、手形小切手振出の職務を担当し、久保が営業面を担当し訴外会社の工場長、従業員を募集して工場を現実に動かしていき、得意先との交渉を行う職務をもっぱら担当していたこと、被告より営業面を全面的に任された久保は、折本業の経験を有するが、印刷業については経験がなく被告は印刷、製本とも経験がなかったため、従前久保が製本業をしていた際の取引先を中心として営業を開始したものの、印刷業においては実績がなく資本力の不足もあり、営業当初は危険な紙持ち仕事をさけ安全な労賃仕事をしていたが、毎月の必要経費として営業を開始した当初において約五〇〇万円かかり、同年九月からこれに機械代金の支払が加わり、七五〇万円位要するのに対し、売上高が予想以上に伸びず毎月欠損の出る状態が続き、翌月に支払期日の到来する約束手形の決済金額に見合うだけの受取手形を得なければ会社がやっていけなくなり、金額を増やすため同年一二月には危険な紙持ち仕事をせざるを得なくなったこと、一方被告は久保に訴外会社の営業一切を任かせたうえ、久保の妻が貸借対照表も作成できないことを知りつつ、同女に経理の仕事を任かせていたこと、被告は訴外会社営業当初から営業資金が不足し、毎月同社に金員を貸付けその額は昭和五三年七月から昭和五四年二月まで合計約八〇〇万円になること、被告自身、営業当初の昭和五三年一〇月頃から訴外会社の経営状態が不良であることを知っていたにもかかわらず、昭和五四年一月頃まで久保に同社の営業を一任していたこと、昭和五四年一月頃になってようやく被告は訴外会社の経営状態の診断を訴外株式会社卓研企画(以下「卓研企画」という。)に依頼し、卓研企画は昭和五四年一月頃、訴外山崎をオフセットに出向させ山崎が経理面の調査をしたところ、訴外会社には久保の妻が作成していた大福帳形式の帳簿類しかなく、正式の帳簿類が作成されていなかったが、山崎は昭和五四年三月二〇日現在の決算書を作成したこと、同決算書によると、昭和五三年七月一日から同年三月二〇日までの損益計算において約四〇〇〇万円の欠損が生じており、一か月平均約三〇〇万円の欠損が発生しており、操業を継続していく場合、多額の資金を導入しなければ、再建不能の状態であることが判明したこと、被告は多額の運転資金を出せないため再建不能と判断し、昭和五三年二月末に閉鎖した工場の操業を再開しなかったこと、

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によると、被告は訴外会社の代表取締役として会社の損益及び財産状態を容易に把握できたにもかかわらず、訴外会社の営業当初から小資本で行う事業であり印刷業界に実績がないうえ、営業当初から訴外会社の経営状態の不良であることを知りつつ、同社の再建が不能となる時点まで久保から同社の経理状態について報告を受けることにより会社の財産状態を正しく把握することを怠り、昭和五三年一〇月一日から同五四年三月一日までの間にかけて久保をして原告から印刷用インキ、印刷用材料等を購入せしめ、昭和五三年一〇月一日から同年一二月二五日までの商品代金について別紙手形目録(一)ないし(三)記載の約束手形を振出させたものであり、被告には代表取締役として職務を行うにつき重大な過失があったものというべきである。

ところで被告は訴外会社の代表取締役として営業全般を担当する久保の職務の執行を十分監視し、営業上の欠損を早期に発見し営業機構の改善を図ろうとしたが、久保の妨害によって実現できず、また多額の欠損のため資金繰りが不可能となり倒産したものであって、倒産の責任はすべて久保にあり、被告には代表取締役としての職務執行上の義務の懈怠は存しない旨主張する。

しかしながら被告が訴外会社の営業を久保に全面的に任かせ営業当初から経営状態が悪いことを知りつつ久保から営業状態について説明を求める等してその原因の究明を図らなかったことは前認定のとおりであるから、被告は久保の職務の執行を十分に監視したとはいえず、営業上の欠損についても、営業当初から売上高は漸次増加していたが労賃仕事では必要経費以上の利益をあげることができず、数字上欠損は減少するため久保が苦しまぎれに昭和五三年一二月には従来の労賃仕事から紙持ち仕事をするようになったこと、被告は営業当初から毎月会社に対し運転資金を貸付けていたことから、再建不能に至る前に営業上の欠損を発見しえたにもかかわらず被告が営業上の欠損を発見したのは、卓研企画から派遣された山崎作成にかかる昭和五四年三月二〇日現在の決算書の提出を受けた時点であり、その時点においては多額の資金の導入がない以上再建不能の状態であったことは前認定のとおりであり、被告が営業上の欠損を早期に発見したとはいえず、従って被告の主張は認め難い。

三  原告の損害について検討する。

原告が訴外会社に対し、昭和五三年一〇月一日から同年一二月二五日までの間に売り渡した印刷用インキ、印刷用諸材料等の売買代金の支払のため、原告は訴外会社より別紙手形目録(一)ないし(三)記載の約束手形の交付を受けこれを所持していること、訴外会社が昭和五四年五月三一日不渡を出して倒産し、右約束手形債権の支払が不能となったことは当事者間に争いがない。原告が訴外会社に対し昭和五三年一二月二六日から同五四年三月一日までの間に売買代金合計一六六万四七五〇円相当の印刷用インキ印刷用諸材料等を売り渡したこと、原告は訴外会社から昭和五四年六月二〇日右売買代金の内金として二六万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は訴外会社から昭和五四年三月二四日、金六一万六四九〇円相当の商品の引渡を受けたことが認められる。ところで原告は訴外会社より引渡を受けた商品は高く評価しても右価額の二分の一、すなわち三〇万八二四五円の価値しか有しないと主張するが、《証拠省略》によると、原告は訴外会社以外の会社から納入商品を引取るときは納入価額で引取っていることから、被告は原告の引取価額に異議を述べ、被告は原告の右評価額を了承しておらず、原告が一方的に低く評価したものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上によれば、原告は訴外会社に対し、手形債権金三八二万六四九五円及び売掛債権残金七八万八二六〇円の合計金四六一万四七五五円の債権を有していることが認められる。訴外会社が昭和五四年五月三一日不渡を出して倒産したため右債権の支払が不能となったことにより、原告は右金四六一万四七五五円の損害を被ったが、原告が右損害を被ったのは、前認定のとおり、被告がその職務につき重大な過失により代表取締役としての任務を懈怠したためである。

四  以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告に対し、金四六一万四七五五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一〇月一七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は、正当としてこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例